首里城内の戦跡 那覇市首里
 
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【場所】
首里城の中に戦跡が点在している。しかし城内の案内地図には一切載っていない。
 
【駐車場】
公園内に駐車場あり(有料)
 
【沖縄戦での戦闘】
1945年5月20日から30日にかけて、首里城周辺で戦闘が行われた。しかし、第32軍は首里撤退を決めていたため、大激戦と言えるほどの戦闘は首里では行われなかった。ただ、艦砲射撃は激しく、首里城も艦砲射撃により消失したと言われている。
 
【感想】
恥ずかしながら首里城に10回くらい来たことがあったが、首里城内に戦跡が残っていることを知らなかった。しかし、壕口は当時のまましっかりと残っており、壕内部もほぼ当時のまま残っているという。一見の価値はあるので、首里城に来た際は是非見学することをおすすめする。
 
 
第32軍司令部壕…守礼門から弁財天に向かう途中、左側の茂みの中に壕口が残っている。その手前には案内板があるのがわかるが、気づく人は少ない。案内板には首里城直下に1000mに及ぶ司令部壕があることが詳細に記されている。
 
 
 
重厚なコンクリートには意外にも銃痕は少ない。壕口はふさがれているが、小禄の海軍壕のように開放してくれることを願いたい。 
 
 
 
上記の壕口のすぐ左に隣接する、もう一つの壕口。土砂で埋もれかかっている。 
 
 
 
第32軍無線通信所跡
 
 
 
 
 
第32軍無線通信所跡。もう一つの壕口。 
 
 
 
沖縄師範学校跡…円覚寺跡の向かい、沖縄芸術大学の敷地内にある。石碑と門柱が立つ。門柱には被弾跡が残っている。
 
 
 
沖縄戦で焼けたアカギの樹・・・園比屋武御嶽石門のとなりに立つアカギ(アコウ)の樹。アカギは戦火で焼け、そこにアコウが絡み付いたという。
 
 
 
トーチカ跡…首里城の崎山側の入口にあるトーチカ。道路工事により一部が破壊されているが原型をとどめている。
 
 
 
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