南風原文化センター(M4中戦車・砲弾・遺品など) 南風原町
 
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【場所】
南風原町喜屋武257にある。国道329号線兼城交差点から県道82号線を南下し、1q少しいったところに立派な施設がある。
 
【駐車場】
文化センターに広い駐車場がある。
 
【沖縄戦での戦闘】
南風原文化センターのある黄金森は、南風原陸軍病院壕のあったところである。陸軍病院は、「十・十空襲」後、那覇から南風原国民学校に移り、学校は病棟となった。そして黄金森を中心に横穴壕の構築が始まったが、昭和20年の3月末、学校は焼け病院は壕に移動した。病院の患者数は2000余名。軍医・看護婦など450名、それに「ひめゆり学徒隊」約200名による医療体制が行われた。南部撤退までの2カ月間、壕内で治療が行われた。
 
【感想】
南風原文化センターは、沖縄で最も優れた博物館であると個人的に思う。沖縄の歴史や文化を知るなら、南風原文化センターの展示を見ることとを強くおすすめする。非常に多くの資料を、手に触れることのできる形で、ドン・キホーテのように「無造作」に展示しているのは非常に見ごたえがある。また、歴史をありのままに表現しているのも良い。戦争が展示の主テーマであるが、文化を紹介した展示室も非常に面白かった。これほど素晴らしい博物館なのに、入館者が少ないのは残念な限りだ。
 
 
M4中戦車(シャーマン)は砲台部分だけだが、その圧倒的な迫力には驚く。こんな鉄の塊に肉弾戦で挑んだ日本軍には言葉もない。北谷のキャンプフォスターから出土したという。
 
 
 
砲弾・皿・医薬品・軍靴などが修復もされず無造作に置かれている。この展示の仕方こそが戦争の真実を伝えるものと思う。
 
 
 
砲撃により破損した壁がそのまま展示されている。もともとは南風原町山川の貯水タンクであり、ロケット砲の直撃を受け、住民2名が即死したという。
 
 
 
センターの外壁には砲弾や武器を使用したモニュメントがある。
 
 
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